2010年2月9日火曜日

実験練習会(2月5日金曜日)





25(金曜日)は実験の練習会を実施した。
前の週のMGMP(地域の教師の学習会)で、集まった理科の先生たちに、これまで行った実験や作った実験道具の紹介、インドネシアではどこの学校にもある実験キットの使い方の説明などをしたところ、話が盛り上がり、みんなが苦手としている記録タイマーの使い方を練習することになったのだ。


前日に、念のため3人の先生にSMSで時間と場所を連絡しておいた。
5分前集合ができなくなった私は、約束の2時丁度に学校に到着。
インドネシアのjam karet(ゴムの時間:自由に伸びたり縮んだりする)にすっかり慣れているので、30分くらいは遅れるなと思いながら掃除や準備室の整頓をしながら気長に待つ。
1時間経過し、「もしかしたら誰も来ないかも…」とあきらめかけていたところに、いちばん付き合いの長いHasmaがあわててやってくる。
あきらめかけていたので、来てくれただけでもうれしかった。

さて、肝心の記録タイマーだが、あいにくの停電で電源が使えず実験ができない。(DC端子もあったので乾電池をつないでみたが動かず…)
演示実験や生徒実験のために準備しておいたものにHasmaが興味を示したので、先にそれらを試すことにする。
Hasmaはどの実験でも一つ一つの結果に大きく反応を示して喜んでくれたので、私もとても楽しかった。

実験キットを使ったもの、準備室に埋もれていた器具を活用したもの、自分で実験装置を作ったものなどなどを紹介したが、彼女が一番気に入ったのは私が段ボールで作った気体の対流を観察する装置。
実は彼女の勤める学校は宗教省管轄の中学校で、私の配属先のような教育省管轄の学校に比べ、規模も小さく、予算も少なく、実験道具どころか理科室さえない状態なのだ。
そんな中で、彼女は色々と工夫して実験を取り入れているとのこと。
理論や法則を教えるときには必ず実物やそれに代わるものを示し、理解を深めさせているという。
だから、身近なもので作った器具は彼女も自分の学校で試せるのだ。

さらに、印象に残った一言。
「生徒の家にあるようなもので実験すれば、興味を持った生徒が帰ってから自分でも試せるでしょう?」
私にとって、とても大きな一言だった。
確かに私の要請内容にも「身近なものを活用した実験を考え、生徒の興味関心を高める…」というような一説があったはず。
ここに来る前は、どんなものがどんな実験で使えるかな、と思いを巡らせていたはず。
でも、ここに赴任して、倉庫に眠っていた大量の新品の器具や、準備室でほこりにまみれていた多種多様な器具を見たとき、「何とかこれを活用しなければ。先生たちにこの器具の使い方をマスターしてもらわなければ。」と思ってしまったのだ。

ここの生徒の多くは体温計で体温を測った経験すらない。
理科室での実験は日常とはかけ離れたもので、実験の結果得られた理論も自分達の生活とは関係のない何やら難しいものと思わせてしまったのではないだろうか。

と、帰国1カ月半を前にして、またまた後悔の嵐。

うーん、これは残りの時間で少しでも日常生活と理科を結び付けるよう努力することと、あとは日本の生徒に還元していくしかないかなあ。

さてさて、結局夕方まで停電は続き、記録タイマーは使い方を説明しただけで終わり。
ほかの2人は結局来ず。
でも、Hasmaと一緒に色々なこと教えたり教わったり、本当にやってよかった。

2010年2月5日金曜日

Ana



今日は学校が終わってから、そのまま自転車で友達Anaの家へ。
といっても、会うのは今日が2度目。
先週、隣の県にスタディーバンディングに行ったときに知り合った、同じ郡内のIPS(社会)の先生だ。
私は、もともと人見知りで、人の家を訪問するのは苦手な方だが、帰国が近くてどこでも行ってみようという気持ちがあり、何より、Anaとは何だか自然に打ち解けて、遊びに行くことになったのだ。

学校から家とは反対の方向に約20分、汗をかきかき自転車をこいで行った。
高床式の結構大きな家。
着いたらさっそくお昼ごはんをいただく。
で味付けしただけの貝のスープがあり、日本を思い出す味でおいしかった。

食事が終わったら、少し話した後、疲れただろうからと昼寝するよう勧められる。
彼女の部屋の大きなベッドに二人で横になる。
初めて訪ねた家で、眠れないだろうと思っていたのもつかの間、降り出した雨の音を聞きながら、2時間近くも寝てしまっていた。
(近所の親せきの家もそうだが、高床式の家はなぜかよく眠れる。)

起きると、黒いもち米の粉で作ったお菓子(名前を忘れた)が用意されていた。
お父さんや、伯父さん、お姉さんとその旦那さんなども集まってきて、お菓子をつまみながら話をする。
高床式の家は、床も壁も隙間だらけで、風通しがよく、そのぶん人の出入りも自由な感じ。

話は尽きなかったが、そろそろTogo-togoの家族も心配しているころと思い、5時前にお暇する。
Aniは、コピー屋に行くついでだと言いながら、オートバイで自転車の私に並走し、家まで送り届けてくれた。

帰国まであと少しだけど、こんな新しい出会いも1つずつ大切にしていきたい。

決意表明?



今、停電の中、久しぶりにブログの原稿を書いています。

気がつけば、インドネシアでの生活も残り1ヶ月半。
学校の教員や生徒、近所のおじさんやおばさん、ペテペテ(ミニバス)で隣に座った人、などなどに、「もうすぐ帰るんだね、残りわずかだね。」と日に何度も言われる。
そして、あれもやっておけばよかった、これもやっておけばよかったと後悔することが毎日何十回もある。
ここ数週間、悶々としていたけど、いまさらじたばたしても仕方がないので、毎日できることを一つずつやっていこうと思った。

実際、1月末からは、今まで停滞していたことが一気に動き出して、もっと早くに手がけられていればと思いながらも、ちょっとした充実感を感じている。

まずは、予算がついたおかげで、MGMP(地域の教師学習会)1年ぶりに開かれ、久しぶりに郡内の理科の先生たちと顔を合わせ、1回限りだけど実験の練習会の企画ができたこと。
 そして、理科教員不足で活動の意義を見失いそうになった巡回校のルンビア中学校で、新しく赴任してきた先生と組んで、授業研究を実施できたこと。
 また、以前からカウンターパートと話していた、アルンケケ郡内での授業研究も実施されることになり、私の帰国までに計5回の計画が立ったこと。
 それから、単発だけど、放課後の課外授業で生徒30人を対象に、簡易カメラ作りの科学教室を開催することになったこと。

この機会を最大限に生かせるように、これまで自分に不足していた、
1 準備を確実に行うこと
2 まわりの人とコミュニケーションを十分にとること
3 インドネシア語の苦手意識に負けず、自分の意見をしっかり伝えること
  を心がけていきたい。


 具体的に、やりたいことは、
1 郡内の授業研究で、毎回自分の意見をしっかり言う。
2 最後の授業研究の日に、帰国報告を兼ねて提案をさせてもらう。

おまけとして、
・村の人や子どもとたくさん話をして、Bahasa Daerah(現地語) を一つでも多く覚える。
・報告書○号を来週中に仕上げる。
・ルンビアの理科室の整理を手伝う。

おととい、植村直己の本を読んで、人一倍臆病な筆者が冒険に臨む時、多くの人に宣言し、後に引けないようにするということが書いてあったので、私も後に引けないように、ブログに書いてみました。

後は、実行あるのみ。